驚嘆すべき正確さ

hidexi2007-08-27


王兵ワン・ビン)監督『鉄西区』(2003年)@アテネ・フランセ。9時間におよぶ長尺のドキュメンタリー・フィルムなので、24日、25日と二日に分けて上映された。2003年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で大賞を受賞して以来、この噂の作品が上映されるたびに見逃していて、今回やっと見ることができた。

中国東北部瀋陽にある鉄西区は、日本の植民地政策によって設立された工業区で、その後大きく発展し中国でも有数の重工業地帯となったが、現在では多くの企業が倒産し過疎化が進んでいる。王兵監督は1999年に撮影を開始し、廃墟と化していく工場やそこで働く労働者、区画整理で取り壊されるスラムの住民たちを、手持ちのデジタル・カメラの透明な視線で記録する。

毒を含んだ、これは途方もない作品だ。覚悟を決めて観ないと腹を下す。貨物列車の正面にカメラを据えて進行方向の風景をひたすら映し続ける冒頭からして、ただならぬ気配を感じさせる。人員整理が進むなか、それでも少ない労働者で稼動する精錬工場内は、どんなSF映画のセットよりも「リアル」に現実離れしている。労働者たちは、上層部に対する批判を口にしながらも、反衛生的な休憩室で下品な冗談を言い合い床に痰を吐き散らしながら、賭け事に打ち興じることで空虚な時間をやり過ごしている。工場を解雇されても鉄屑を拾って糊口を凌ぐ人々。当局から立ち退きを命じられ電気を止められても、誰かがガスランプを拾ってきて灯りを燈すと近所から住民が笑顔で集まってくる。民衆の逞しさ?いや、そんな気楽なものをこの作品は映していない。民衆の革命的エネルギーなどどこにもない。あるのはただ、凍てついた線路、短い夏に巻き上がる土埃、室内の澱んだ空気、垢で汚れた指先、重機の轟音、粗野で虚ろな罵声といった、剥き出しにされた物質のざらついた感触ばかりだ。しかし、王兵監督が驚嘆すべき正確さで活写する「人民の不在」は、「人民の創出」の基本的条件には違いない。「不在」から「創出」までの、気の遠くなるほど長い道のりを、あの無表情な貨物列車はただ惰性だけで走り続けているわけではないと思う。