「二度としないわ恋なんて」の嘘

hidexi2007-08-22


ニコラス・レイ監督『暗黒街の女』(原題:Party Girl, 1958年)@シネマヴェーラ渋谷。DVD 等で観ることができないフィルムのためか、平日昼間にもかかわらずほぼ満席だった。

舞台は30年代のシカゴ。ギャング組織のやり手顧問弁護士トミー(ロバート・テイラー、写真左、当時47歳)と、ショウ・ガールのヴィッキー(シド・チャリシー、写真右、当時35歳)との熟年の恋。トミーは少年時代の大怪我がもとで足が悪く、いつも杖をついているのだが、法廷ではこの身体的特徴を利用して陪審員たちの心理を操作し、黒を白にしてしまう。しかし「あんたプライドをえろう安う売っとるやないの!」と直言するヴィッキーと恋に落ち、闇社会から足を洗おうとするのだが…。

この作品の製作に関して、監督の裁量はごく限られたものだったそうだ。エンディングのアクション・シーンなど、演出を放棄しているようにも思えてしまう(ギャングのボスよ、どうみても最後に自分の意志で自分の顔に硫酸かけてるようにしか見えないぞ、リアクション芸人じゃないんだからさ)。

だがこの映画の魅力は別のところにある。撮影・演出のポイントは、大人の恋をいかにベトつかせずに瑞々しく撮るか、ということだろう。「瑞々しく」といっても、若者の「瑞々しさ」ではなく、あくまでも大人の「瑞々しさ」で画面を甘く輝かせなければならない。そのために必要なのが「翳り」だ。共に色恋で深い痛手を負ってきたトミーとヴィッキーの、「疲労」と区別しがたい表情の「翳り」。室内の壁や絨毯の暗い色調。自動車のボディの黒。カーテンから突き出されたマシンガンの銃身の黒。そしてエンディングの黒く輝く石畳。そうした黒い翳りを帯びながら、二人の恋は決して一時的とは思えない情熱を充填していく。

なぜ自分がプライドを安売りしてギャングの顧問弁護士をしているのか、トミーが初めてヴィッキーに打ち明けるシーンで、告白を聞いて感じ入ったヴィッキーが、肩に掛けていた毛皮のコートをするりと絨毯に落とし、窓辺にいるトミーの方に露出度の高いドレス姿でゆっくりと近づいていく。ここで初めて唇を重ねる二人、と思いきや、トミーはコートを拾って優しくヴィッキーの肩に掛け、部屋の外へと送って行く。大人ですねぇ。台詞のない、このショットの絶妙の間(ま)が、フィルム全体を規定しているように思えた。