そのひぐらし、凶暴につき 


ひぐらしの鳴き声が好きで、今の住処に越してきてよかったことのひとつは、夏の明け方と日暮れ時に、少し離れた小山からひぐらしの鳴き声が聞こえてくることだ。先日、帰宅途中に今年初のひぐらしを聞いた。その小山にある遊歩道を家に向かって歩いていたら、頭のすぐ上で突然鳴き出したのだ。連続と非連続を同時に打ち鳴らすような金属的な響きに撃たれ、歩行とともにゆっくりと流れていた風景の遠近法が一瞬崩れる。現在の記憶が視界を斜めに切り裂いたかと思うと、私のなかで、終わりに向かう動性と始まりに向かう動性とが同時に駆動する刹那がめまぐるしく反復され、方向感覚の持てない世界に迷い込んだような気分になって、それでもしばらく歩き続けていると、見慣れた遊歩道にいつのまにか戻っていた。そのあいだ、ひぐらしはずっと鳴いていたようだった。 

ひぐらしのなく頃に」というTVアニメのエンディングテーマで、「対象a」という歌がある。出だしの歌詞は、「あなたの亡骸に土をかける/それが禁じられていたとしても/純粋なまなざしの快楽には/隠しきれない誘惑があった」おお、アンティゴネーだ。
対象 a