「欲望から解放される最善の方法は、欲望に身をゆだねること。」 

映画館に行くことを禁欲して3.22シンポの予習をしていると、ふとジョン・フォードの『わが谷は緑なりき』はとてもRW的な映画ではないかと思い至り、DVDを貯蔵庫から探し出してきて見る。

というわけで、ちょうど一年前に某機関から(400字程度でと)依頼されて学生向けに書いたDVD推薦文を再度アップすることにします。

わが谷は緑なりき [DVD]

わが谷は緑なりき [DVD]

ジョン・フォード監督 『わが谷は緑なりき』(1941年)  
この映画は、語り手が、生まれてから50年間暮らしてきたイギリス南西部(ウェールズ)の谷間にある小さな炭鉱町を去ろうとする場面から始まる。そこから映画の時間は逆戻りし、映画全体は語り手の少年時代の回想録となる。大家族と共に過ごした少年時代は、辛いこともたくさんあったが、語り手にとっては一種のユートピアだ。生まれ、働き、歌い、死ぬという単純な人生が無限に豊かな陰影を含んでいることを、少年は学ぶ。(すばらしい白黒の画面がそうした陰影を視覚的に表している。)50歳になった語り手が生まれ故郷の町を去ろうとする今、すでに両親は他界しており、多くの兄弟姉妹も離ればなれになってしまった。しかし目を閉じれば、少年時代のユートピアは、瞼の裏に、今ここにある。語り手にとって、それはたんなるノスタルジーの対象ではない。筋を通して死んでいった無骨な父親のようにまっすぐに生きていくために必要な、語り手を導く光なのだ。一度、だまされたと思って見てください。