小西真奈美は本当に幽霊なのか
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小西真奈美は本当に幽霊なのかって、それは『叫』を最後まで観れば幽霊だとわかるわけだが、幽霊だとわかる前の小西が写っているカットを振り返ると、「それはないよ」という変なカットが一つだけあることに気づく。
ここでちょっと『叫』から離れて、これまで映画で幽霊がどう撮られてきたのか、個別のフィルムすべてに当たって調べることは無理なので、一般的な水準で考えてみたい。思いつきで分類すると、次のようになるだろう。
1.幽霊が、他の登場人物と同じフレーム内に写っている場合。これは、その登場人物が幽霊に気づいている場合とそうでない場合がある。
2.幽霊が単独でフレーム内に写っている場合。これは、さらに次のように下位区分される。
A. カメラが、幽霊を見ている人物の視線に同一化している場合(夢の中であれ「現実」であれ)。
B. カメラはどの人物の視線にも同一化していない(非人称的)のだが、被写体である幽霊の外見がいかにも幽霊っぽい場合(足がないとか、空中浮遊しているとか、お岩さんのように顔が変形しているとか、とにかく一見して異様な外貌、動きをしている場合)
十分な分類ではないが、とりあえずこんなところだろう。さて、ここで『叫』に戻ると、先ほど言及した「異様なカット」は、上記のどれにも分類できないのだ。それは、記憶が正しければ、役所広司が住む古いアパートを出て道を渡ってカメラの方に歩いてくる小西をロングからフルショットで捉えたものだ。このときのカメラは、小西の恋人である役所の視線ではないし、例えば小西を見張っている刑事やストーカーの視線でもなく、完全に非人称的である。そして、このカットにおける小西の外見はごく普通の人間にしかみえない。というわけで、小西が幽霊だとわかるのがたとえ事後的だとしても、「こういう幽霊の撮り方は反則じゃないの?」という感じでずっとこのカットが気になっていたのだ。小西と葉月里緒奈が対照的な「幽霊」であることを前提としていろいろ議論がなされているけど、この反則カットを無視していいわけ?と。
つい最近、上で言及したブログで紹介されている黒沢監督のインタヴューを読んで納得がいった。監督、完全な確信犯だったのだ。このカットを撮っているとき、黒沢監督自身、「大胆なカットを撮っているな」と正直思ったそうである。シナリオの段階では、(幽霊であるはずの)小西が会社で働いているところまで書いてあったらしい。
そうでしたか。『降霊』では幽霊を実体化していた(役所広司が子供の幽霊を棒で殴りつけるといやな音がする)黒沢監督のことだから、たんなるミスではありえないと思っていたけど…。
『叫』のDVDプレミアム・ヴァージョン、上で触れた黒沢監督のロング・インタヴューを含む特典映像が充実しているようなので、買うことにしました。
幽霊の話(続)
「黒沢監督は確信犯だった。」といって済む話では本当はないのだが、いつもの悪い癖で面倒くさくなってやめてしまった。しかしそれではまずいと思ったので、少しだけ続きを。
例のカットがあるにもかかわらず小西真奈美が幽霊であることによって、他の登場人物は幽霊ではない、といえる根拠がなくなってしまうのだ。小西の場合はフィルムの展開によって幽霊であることが明かされたわけだが、他の人物の場合はたまたま最後まで幽霊であることが明かされなかっただけなのかもしれないのである。例えば役所の同僚の刑事(伊原剛志)。いくら真正の幽霊(葉月里緒奈)のせいだとはいえ、あのように洗面器の中に飛び込んでしまえるなんて、とても人間のできることではない。それから精神科医(オダギリジョー)だって、あの希薄な、それでいて印象深い存在感は、いつでも重力の法則を無視できる余裕から生じているように思えてくる。殺人犯も被害者も共に幽霊で、役所以外のすべてが幽霊である可能性を誰も否定しきれないだろう。いや、役所だって自分が幽霊であることを忘れているだけかもしれないのだ。
先ほど紹介したインタヴューによれば、『叫』の一瀬隆重プロデューサーが、「この東京がすべてあの世だったっていうのはどう?」と黒沢監督に提案していて、監督は「それ、わけわかりませんよ。」と退けたらしい。しかし黒沢監督は、例のカットを挿入しただけで、プロデューサーの案を解釈可能性として実現してしまっている。ただ一つのカットが、作品世界全体を「あの世」にしてしまう。「映画はおそろしい。」
- 作者: 黒沢清
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