『風立ちぬ』の吐血ショット 

 宮崎駿監督『風立ちぬ』で菜穂子が血を吐くショットがずっと気になっている。見てからひと月ほど経つので細部の記憶はあいまいになっているのだけれども、結核を病む婚約者の菜穂子が吐血したとの電報を名古屋で受け取った二郎が、東京の自宅にいる菜穂子を見舞うために汽車に乗っているシーンがあって、そのシーンに1秒ほどの吐血ショットがはさまれていたように思う。菜穂子と二郎が初めて出会ったのは避暑地の高原で、そのとき菜穂子は(上に貼り付けた画像のように)絵を描いていた。吐血のショットでは、その高原らしい草地にじかに置かれたキャンバスの上に、ほぼ垂直に勢いよく吐かれる多量の血がアップで映される。 

 まず気づくのは、いくつかの色の絵の具が塗られた製作途中のキャンバスに吐かれた血が、明らかに絵の具の換喩となっていること。実際その血は、血というにはあまりに淡い。かつてゴダールは、あなたの映画ではたくさん血が流れますねと言われて、「あれは赤いペンキです」と応じたが、菜穂子の吐血のショットは、ショット自体が「これは赤い絵の具です」と主張しているかのようだ。これまでの多くの宮崎作品と異なり、『風立ちぬ』では「ファンタジー」という枠が最初からはずされているように見えるが、この作品のなかでもっとも生々しい身体性を帯びるはずの吐血のショットですら、血=絵の具によってファンタジー化されている。

 吐血ショットのファンタジー化に貢献しているのは血=絵の具だけではない。吐血の場所もショットの非現実性を強調している。先に述べたように、このショットで菜穂子が吐血するのは「高原らしい草地」である。しかし、吐血した後に菜穂子が寝ているのは東京の自宅なのだ。避暑地の高原で吐血したとすると、そんな菜穂子を東京の自宅まで移送するということは考えにくい。だが菜穂子が吐血したのは(物語内の)事実である以上、あの吐血ショットの場所はいったいどこなのか? もっとも受け入れやすい答えは、それは「どこでもない場所」、つまり吐血ショット自体、(この作品の多くの部分を占める、二郎の夢のシーンと同類の)二郎が幻視した白昼夢である、というものだろう。吐血のショットが、二郎が名古屋から東京へ向かう汽車のシーンにはさまれており、さらにそこで二郎が嗚咽することを思えば(泣いた本当の理由は “ほかの人にはわからない” 「ひこうき雲」)、菜穂子が吐血した場所が、二人が初めて出会った思い出の高原に(二郎の白日夢のなかで)置換されたとしても不思議ではない。

 だが別の解釈もありうる。この吐血ショットは、二郎の見た幻想ではなく、わたしたち観客の幻想を先取りしてスクリーンに映し出したものである、という見方だ。吐血ショットは二郎の見た白日夢、幻想であるという解釈自体、そう解釈する者の幻想、ただし論理性や実証性などから成る「説得力」という鎧を着せられた幻想(ファンタジー)ではないのか。幻想が悪いというのではない。おそらく、わたしたちの多くは幻想が与える快を求めて宮崎作品を見に行く。あの吐血のショットが客観的で「血生臭い」ものであったならば、場違いなものを見せられたという不快を感じていただろう。しかしそのとき、リアルな血に塗れた製作途中のキャンバスは、「宮崎ファンタジー」を映し出すスクリーンの暗喩であることをやめ、不快をつうじての快、すなわち崇高性へとわたしたちを導く矩形の穴となっていたかもしれない。『風立ちぬ』にはこうした崇高性のかけらもない。だが(またしても)それが悪いというのではない。カントはこういっていた。

戦争すら、秩序を保ちまた国民法の神聖を認めてこれを尊重しつつ遂行される限り、やはり何かしら崇高なものを具えているし、またそれと同時に、このような仕方で戦争を遂行する国民が、数多の危険にさらされながらもそれに屈することなく戦い抜くことができたならば、その国民の心意をそれだけますます崇高なものにするのである。(『判断力批判』〈上〉、岩波文庫、177頁)

零戦の設計者を主人公のモデルとしながら、ファンタジーが与える快にとどまり、(おそらく意図的に)崇高なものを拒否する『風立ちぬ』は、以上のような意味においてのみ(製作者たちの意図に反して)「反戦映画」といえるのである。こうしたアイロニーは見飽きたものではあるけれども。